2ちゃんねるは、1999年5月に開設された日本最大級の電子掲示板匿名掲示板)サイト。ドメインは「2ch.net」。西村博之が個人サイトとして開設し、2014年に管理者が交代したのち、2017年に「5ちゃんねる」に改名した。通称・略称は「2ちゃん」 「2ch」など[3]。公式姉妹サイトに8chan(現・8kun)がある[4][5][6]

2ちゃんねる」および「2ch」は、西村博之が日本国内で権利を有する商標である[7]

日本のメディアでは「匿名掲示板」であると紹介されることが多いが、2003年1月7日から全書き込みについてIPアドレスの記録・保存を始めており、厳密には匿名掲示板 ではなくなっていると『CNET Japan』は報じている[8]

概要

日本で発祥したスレッドフロート型匿名掲示板の系譜。西村博之が1999年に開設した2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)は、4chan8chan(現・8kun)を含む、他すべてのchanサイトの起源となった。

2ちゃんねるは、あめぞう掲示板の後継サイトとして開設されたスレッドフロート型掲示板であり、複数の電子掲示板の集合体である。「2ちゃんねる」時代の掲示板利用者は「2ちゃんねらー」「ねらー」「ちゃねらー」などと呼ばれることもあった。「『ハッキング』から『今晩のおかず』まで」というキャッチフレーズの通り、幅広い分野の話題が投稿されている。

2009年1月1日、サイト管理者と名義が西村博之からシンガポールにある「パケットモンスター社」へ移転する(後述[1]

2014年2月、2ちゃんねるの実質的管理権限が何らかの理由によりジム・ワトキンス(以下「ジム」)に移転、「ジム」が2ちゃんねるの実質的管理者となる[9]。「ひろゆき」はこれに対抗し、「2ちゃんねる (2ch.sc)」を新たに開設した。

以下、管理権限移転以前の「2ちゃんねる」は、区別が必要な文脈において、「2ちゃんねる(2ch.net)」と表現する。

「2ちゃんねる(2ch.net)」が5ちゃんねる(ごちゃんねる)へと2017年10月1日に名称変更したことに伴って、ドメイン名も5ch.netへと変更された。ウェブ上の2ch.netへのアクセスは、すべて5ch.netに転送されるようになっている(後述参照[10]

2007年には「日本で最も人気のあるオンラインコミュニティ」と評され[11]、同サイトはテレビ、ラジオ、雑誌といった従来のマスメディアに匹敵する影響力を持っていた[12]。当時、このサイトは年間約1億円の収益を上げており[13][14]、世界最大規模の同種サイトであり、約1000万人の訪問者[11]と、1日あたり250万件の投稿があった[12]

かつてGoogleが提供していたウェブサイト「Google Ad Planner」によると、2009年時点での2ちゃんねるの利用者は次のように分析されている[15]。男女比は68:32で、年齢層は35~44歳が34%、25~34歳が17%、45~54歳が17%、0~17歳が14%[15]学歴は高校中退以下が31%、高卒が30%、大卒が34%、大学院修了が4%となっており、世帯年収は500万円未満が46%を占めているが、1000万以上が14%いるとされる[15]

2014年4月11日には、ユーザーが自由に編集できる「2ちゃんねる公式Wiki」が登場した[16]

歴史

1996年のインターネット黎明期には、あやしいわーるどなどの総合掲示板が存在したが、1998年に閉鎖。その後にあめぞう掲示板がそれらを引き継ぎ、総合掲示板として利用されていた。

しかし、あめぞうは安定したサーバー環境を確保できず、スクリプト荒らしなどにも遭ったため、1999年5月にあめぞうの避難所として2ちゃんねるが開設され、宣伝が行われた。2ちゃんねるの開設日は同年5月30日とする説と、5月16日とする説がある[17]。当初の掲示板はクサチュー語変換や落書き帳など、ひろゆきが面白いと思うものを集めたウェブサイト内の一要素という位置づけで[18]、その掲示板もあめぞうのスクリプトを流用したものではなく、最初は「クサチュー語変換スクリプト」を用いた「クサチュー語掲示板」であった[19]

こうして開設された2ちゃんねるは初期から日に1万の来訪者数があり[18]、「東芝クレーマー事件」を大きく取り上げたことや[20][21][22]、同年9月30日に発生した東海村JCO臨界事故の実況[22] などにより参加者が急増した[20][21][22]。その後、あめぞう掲示板が同年10月から11月に機能不全に陥り、翌2000年には閉鎖したことで、より多くの利用者が2ちゃんねるに移動した。

利用者の増加

とはいえ、設立初期は一般社会にまで影響力を与えるほどの存在ではなく、芸能人や著名人本人がスレッドに書き込みをしてもそれほど騒ぎにならなかった。一例として、糸井重里は『2ちゃんねる宣言 挑発するメディア』9章の対談で、あめぞう時代からの利用者であることを語っている[23]。また夏目房之介は、2ちゃんねる「降臨」[24]直後に生出演したNHKBS2BSマンガ夜話漫画夜話』において「いやぁ〜、年甲斐もなく掲示板でアツくなっちゃって、寝不足です」と語っている。

しかし、2000年5月の西鉄バスジャック事件で犯人が2ちゃんねるに書き込んでいたことから急激に知名度を上げた。翌2001年3月には日本生命誹謗中傷の書き込みをされたとして、東京地方裁判所に書き込み削除の仮処分申請を訴えた「日本生命事件」が起き[22][25]、同年8月に東京地裁は書き込み削除を求める仮処分命令を下した[22][25]。こうした事件により、2ちゃんねるは一般社会に広くその存在を知られるようになった[22][26][27]

2004年には訪問者が700万人を超え[28]Alexa Internet社の世界ウェブサイトのアクセスランキングで34位となった[要出典]

2009年には2ちゃんねるの利用人口は1,170万人となったが[29]ブログSNS動画投稿サイト、携帯電話専用サイトなど他サービスの台頭の影響で、世界ウェブサイトのアクセスランキングは相対的に順位を下げ294位となった[要出典]

高齢化

2010年4月時点にて「若者の2ちゃんねる離れが進みユーザーが高齢化している」「2ちゃんねるは見ないが、『痛いニュース』は見るというように『まとめサイト』を見て必要情報を効率的に得ている可能性もある」と報道され[30]、その7年後の2017年3月時点においても、同様の報道をされた。若者の間では本名ハンドルネームなどでのSNSが主流であり、匿名で一つの物事を深く掘り下げるような2ちゃんねるに魅力を感じていないことが原因として指摘されている[31]

訴訟と所有権の移転

2ちゃんねるでは誹謗中傷名誉毀損、第三者の個人情報著作物無断転載薬物の密売情報などが書き込まれた際に必要十分な対処がされないことが多く[25][注釈 1]、管理人(当時)のひろゆきに対する民事訴訟が後を絶たなかった。

しかし、ひろゆきは代理人弁護士を立てず、裁判への出席もしなかったため、ほとんどの裁判敗訴した(→擬制自白)。にもかかわらず損害賠償金を支払っていない。本人はそれについて次のように語っている。

2006年から2007年にかけて破産宣告の第三者申し立てが行なわれ「2ちゃんねるのドメイン(2ch.net)」を含むひろゆきの財産仮差押えの申請がなされるなどし[33][34]2009年1月2日に、ひろゆきはシンガポールの「PACKET MONSTER INC.」に運営権を移転し管理人から退くこととなった[35]。しかし、実質的な運営権は移転しておらず管理会社は名義貸しをしただけであり[36]、ひろゆきは2013年に東京国税局から約1億円の広告収入の申告漏れを指摘された[37]

2010年1月には、2ちゃんねる内の書き込みを書籍化した『ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない』のひろゆきに支払われていた印税が差し押さえられ、初めて損害賠償金が回収された[38][39][40]