文化(ぶんか、ラテン語: cultura)には、いくつかの定義が存在するが、総じていうと人間社会の構成員として獲得する多数の振る舞いの全体のことである。社会組織(年齢別グループ、地域社会、血縁組織などを含む)ごとに固有の文化があるとされ、組織の成員になるということは、その文化を身につける(身体化)ということでもある。人は同時に複数の組織に所属することが可能であり、異なる組織に共通する文化が存在することもある。

もっとも、文化は次の意味で使われることも多い。

  1. ハイカルチャーのように洗練された生活様式
  2. ポップカルチャーのような大衆的な生活様式
  3. 伝統的な行為

語源

文化」は一方では、日本元号の一つで、江戸時代19世紀前半に享和の後、文政の前に使われた。その語源は『易経』賁卦彖伝にある「観于天文、以察時変、観乎人文、以化成天下」」(天文を観て以て時変を察し、人文を観て以て天下を化成す)にあるとされている。他方、ラテン語 colere(耕す)から派生したculturaローマ時代政治家哲学者キケロも「cultura anima」などと使っている。現代の英語「Culture」・ドイツ語「Kultur」の訳語としては[1]、明治時代に坪内逍遥が『小説神髄』(1885年)などで「文華」という言葉を使い[2]、彼の東京専門学校の後輩・大西祝マシュー・アーノルド著『Culture and Anarchy』の翻訳書『教養と無秩序』(1986年)で「文化」(ただし時々『文華』も)を初めて使ったのが知られている。その後、中国語でも「文化」が使われるようになった[3]

文化の定義

概説

古典的・日常的な文化

ラテン語 colere(耕す)から派生したドイツ語Kultur英語culture は、本来「耕す」、「培養する」、「洗練したものにする」、「教化する」といった意味合いを持つ[4]。18世紀後半に、産業化をひたさま技術革新、生産性の向上、社会の官僚化といった人間の外部に相当するものとしての文明と対比される、人間の精神面での向上を示す言葉として位置づけるものとしての文化という意味で議論を展開したのがマシュー・アーノルドである[5]。この定義では文化は教養と言い換えることもできる。英語やフランス語は、日本語・中国語・ドイツ語とは異なり、「文化」と区別される「教養」という語を持っていないので、その間の区分が明示的でない。

人類学的文化

人類学においては、人間と自然動物の差異を説明するための概念が文化である[6]

こうした定義の最初のものはイギリスの人類学者エドワード・バーネット・タイラー (1871) の、

である。この文に続く進化主義的な議論は批判されているが、タイラーの定義は今でも基本的には正当性が認められている[8]

この定義は動物に社会が存在しないことが自明とされていた時代の定義であり、後に野生動物も社会を形成することが認められるようになると、新たな制約が加えられた。動物が使うことがない言語によって特徴づけるようになったのである。この場合、動物の音声コミュニケーションとは異なる特徴である再帰性象徴性が強調された。レヴィ=ストロースによれば、言語は文化の条件であるという[9]。つまり文化は、それが非言語的なものであっても言語的な性質を備えている象徴的な事象と定義するもので、構造主義文化人類学者によく使われる[注 1][10]