千歳駅前通
市街地にかかる千歳橋

千歳市(ちとせし)は、北海道石狩振興局に属する

概要

「北海道の空の玄関口」である新千歳空港があり、国内線の東京(羽田)—札幌(新千歳)間は単一路線としては世界一の乗降客数を有していたこともある[2][3]。国際線と合わせた乗降客数は年間約2,000万人に達している[4]。市内には空港があるほか、高速道路道央自動車道道東自動車道)や港(苫小牧港)にも至近距離であることから工業団地が集積している。札幌市中心部までは車でおよそ1時間(高速道路利用)、鉄道で約30分から40分(特急快速列車利用)で行くことができる。また、陸上自衛隊第7師団航空自衛隊第2航空団の基地や演習場があり、自衛隊と共存した社会を築いている。陸上自衛隊東千歳駐屯地北千歳駐屯地、航空自衛隊千歳基地の合計隊員は推定で約8,700人で、退役者や隊員の家族を含めると、市内人口の約25 %を占めている[5][6]。基地の存在は若年層の流入にも繋がり、令和2年の15~19歳の転入増加は440人に及んだ[7]。こうした事情から、同年の千歳市の平均年齢は43.5歳で、北海道一若い街となっている[8]

市名の由来

現在の千歳川はアイヌ語では「シコッペッ[9](大きい・窪み・川)」と呼ばれ、この地方もそこから「シコッ[10]」と呼ばれていた[11]

石狩平野の中心部に当たるこの地には太平洋からウトナイ湖、美々川を遡って分水嶺を越え、千歳川から石狩川を経て日本海へと至るルート「シコツ越え」があり、1658年万治元年)には現在の千歳神社がある場所に志古津弁天小社が造営された。1805年文化2年)に当時のシコツ場所担当だった箱館奉行調役並山田鯉兵衛嘉充が、シコツは「死骨」に通じ縁起が悪いとして箱館奉行羽太正養に新しい川の名を依頼し[11]、羽太はこの地に多くのタンチョウが生息していたことから「鶴は千年、は万年」の故事にちなんで「支笏川」を「千歳川」と改名し、これが千歳の地名の語源となった[11]

地理

市域は東西に長く広がっており、面積は594.5 km²。西部は山岳地帯で支笏洞爺国立公園になっている[12]。市街地は石狩平野南部に位置しており、標高15 m前後の低地である[13]。千歳飛行場付近には日本国内で最も低い標高25 m前後の分水嶺がある[13]。東部は馬追丘陵がある丘陵地帯になっている[13]。豊かで清澄な水資源に恵まれており、ナイベツ川湧水(内別川)の水は「名水百選」に認定されているほか[14]。2009年(平成21年)には「ちとせのしゃっこい水」として市内で販売された[15]支笏湖は湖沼の水質ランキングで度々日本一になっている[16]。支笏湖湖畔には温泉(支笏湖温泉支笏湖いとう温泉丸駒温泉)がある。

地形

山地

主な山

河川

主な川

湖沼

主な湖
主な沼

洞窟

  • 洞門:苔の洞門

人口

平成27年国勢調査による人口・世帯数は95,664人・40,614世帯で[18]、人口増加数は札幌市に次ぐ北海道内第2位となった[18]。2011年(平成23年)8月には北海道内で10番目の人口規模になった[19]

千歳市と全国の年齢別人口分布(2005年) 千歳市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 千歳市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
千歳市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 56,118人
1975年(昭和50年) 61,031人
1980年(昭和55年) 66,788人
1985年(昭和60年) 73,610人
1990年(平成2年) 78,946人
1995年(平成7年) 84,866人
2000年(平成12年) 88,897人
2005年(平成17年) 91,437人
2010年(平成22年) 93,630人
2015年(平成27年) 95,648人
2020年(令和2年) 97,950人
総務省統計局 国勢調査より

消滅集落

2015年国勢調査によれば、以下の集落は調査時点で人口0人の消滅集落となっている[20]

  • 千歳市 - 西森、紋別、幌美内、モラップ、支寒内、奥潭、水明郷、美笛、藤の沢、柏台南、柏台

隣接する自治体

石狩振興局
胆振総合振興局
空知総合振興局

気候

ケッペンの気候区分によると、千歳市は湿潤大陸性気候亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属する。降雪が多く、豪雪地帯に指定されている。

千歳の気候

平均気温は7.4℃である。平年値では猛暑日が0.0日、真夏日が2.3日、夏日が34.6日、真冬日が51.1日、冬日が158.8日となっている[21]。また、12月から3月にかけて日平均気温が氷点下となっている。

冬季は、近年でも-25℃を下回る気温が観測され、2019年2月9日に-25.4℃、2022年1月31日に-25.4℃を観測している[22]

年平均降水量は984.7mmである。また、年平均降雪量は227cmである。

極値[23] 観測値 観測年月日
日最高気温 34.2℃ 2011年8月11日
日最低気温 -25.4℃ 2019年2月9日、2022年1月31日

支笏湖畔の気候

年平均気温は6.9℃である。平年値では猛暑日が0.0日、真夏日が0.6日、夏日が21.0日、真冬日が66.7日、冬日が145.3日となっている[24]。また、12月から3月にかけて日平均気温が氷点下となっている。

冬季は、近年でも-15℃を下回る気温が観測され、2023年1月24日に-15.7℃を観測している[25]

年平均降水量は1711.3mmである。

年平均日照時間は1668.6時間である。

極値[26] 観測値 観測年月日
日最高気温 32.0℃ 2025年7月24日
日最低気温 -18.2℃ 1978年2月16日
千歳(千歳市美々、標高22m)の気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
最高気温記録 °C°F 8.4
(47.1)
10.1
(50.2)
16.2
(61.2)
23.9
(75)
28.6
(83.5)
31.4
(88.5)
34.1
(93.4)
34.2
(93.6)
30.5
(86.9)
25.8
(78.4)
20.4
(68.7)
14.7
(58.5)
34.2
(93.6)
平均最高気温 °C°F −1.1
(30)
−0.3
(31.5)
4.1
(39.4)
11.0
(51.8)
16.6
(61.9)
20.0
(68)
23.0
(73.4)
25.1
(77.2)
22.5
(72.5)
16.1
(61)
8.9
(48)
1.7
(35.1)
12.3
(54.1)
日平均気温 °C°F −6.1
(21)
−5.3
(22.5)
−0.3
(31.5)
5.5
(41.9)
11.1
(52)
15.1
(59.2)
18.8
(65.8)
20.9
(69.6)
17.4
(63.3)
10.4
(50.7)
3.9
(39)
−3
(27)
7.4
(45.3)
平均最低気温 °C°F −12.9
(8.8)
−12.5
(9.5)
−5.8
(21.6)
0.0
(32)
6.0
(42.8)
11.4
(52.5)
15.7
(60.3)
17.5
(63.5)
12.5
(54.5)
4.3
(39.7)
−1.7
(28.9)
−8.9
(16)
2.1
(35.8)
最低気温記録 °C°F −25.4
(−13.7)
−25.4
(−13.7)
−22.2
(−8)
−8.4
(16.9)
−2.7
(27.1)
2.7
(36.9)
8.0
(46.4)
9.1
(48.4)
1.1
(34)
−4.6
(23.7)
−14.4
(6.1)
−22.7
(−8.9)
−25.4
(−13.7)
降水量 mm (inch) 25.6
(1.008)
30.1
(1.185)
45.8
(1.803)
66.8
(2.63)
89.0
(3.504)
95.7
(3.768)
113.2
(4.457)
155.2
(6.11)
140.5
(5.531)
93.4
(3.677)
80.3
(3.161)
49.0
(1.929)
984.7
(38.768)
降雪量 cm (inch) 63
(24.8)
64
(25.2)
42
(16.5)
3
(1.2)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
10
(3.9)
44
(17.3)
227
(89.4)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 7.3 8.0 9.1 9.1 9.7 8.5 9.8 11.0 9.8 9.7 10.4 7.8 110.2
出典:気象庁(平均値:2003年 - 2020年 (降雪量のみ2006年 - 2020年)、極値:2003年 - 現在)[27][28]
支笏湖畔(千歳市支笏湖温泉番外地、標高290m)の気候
1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月
最高気温記録 °C°F 7.3
(45.1)
12.2
(54)
14.5
(58.1)
23.8
(74.8)
29.7
(85.5)
30.0
(86)
32.0
(89.6)
31.9
(89.4)
29.1
(84.4)
24.4
(75.9)
19.3
(66.7)
12.5
(54.5)
32.0
(89.6)
平均最高気温 °C°F −1.9
(28.6)
−1.2
(29.8)
2.4
(36.3)
8.7
(47.7)
15.2
(59.4)
18.7
(65.7)
22.0
(71.6)
23.2
(73.8)
20.0
(68)
14.2
(57.6)
7.0
(44.6)
0.4
(32.7)
10.7
(51.3)
日平均気温 °C°F −4.8
(23.4)
−4.5
(23.9)
−1.0
(30.2)
4.4
(39.9)
9.9
(49.8)
14.0
(57.2)
18.0
(64.4)
19.4
(66.9)
16.1
(61)
10.2
(50.4)
3.5
(38.3)
−2.5
(27.5)
6.9
(44.4)
平均最低気温 °C°F −7.9
(17.8)
−7.9
(17.8)
−4.4
(24.1)
0.6
(33.1)
5.6
(42.1)
10.4
(50.7)
15.1
(59.2)
16.6
(61.9)
12.9
(55.2)
6.6
(43.9)
0.2
(32.4)
−5.4
(22.3)
3.5
(38.3)
最低気温記録 °C°F −15.9
(3.4)
−18.2
(−0.8)
−15.8
(3.6)
−6.9
(19.6)
−1.7
(28.9)
2.1
(35.8)
7.7
(45.9)
8.7
(47.7)
3.8
(38.8)
−2.6
(27.3)
−10.5
(13.1)
−15.4
(4.3)
−18.2
(−0.8)
降水量 mm (inch) 89.4
(3.52)
72.2
(2.843)
93.8
(3.693)
103.0
(4.055)
143.9
(5.665)
138.0
(5.433)
163.8
(6.449)
216.9
(8.539)
262.0
(10.315)
193.8
(7.63)
137.4
(5.409)
97.3
(3.831)
1,711.3
(67.374)
平均降水日数 (≥1.0 mm) 10.4 10.4 12.2 10.4 10.7 9.7 10.8 12.3 13.4 12.2 12.0 10.5 135.1
平均月間日照時間 117.9 116.6 148.5 179.3 185.3 149.0 123.3 132.0 148.6 152.3 112.1 103.6 1,668.6
出典:気象庁(平均値:1991年 - 2020年、極値:1977年 - 現在)[29][30]

歴史

千歳(シコツ)は札幌の低地帯と勇払原野の間にあり、太平洋日本海を繋ぐ交通の要衝「千歳越え、シコツ越え」として知られていた[11]。「シコツ」の地名は文献に初めて登場するのは1660年万治3年)の『福山秘府』と言われており、その後の記述には「志古津」(シコツ)が登場している[11]。この地域はアイヌ和人交易する場として16の場所(シコツ十六場所)があり、江戸時代にはユウフツ場所に編入されて千歳川会所が置かれている[11]

年表

「ちとせ略年表」参照[31]

政治

行政

市長

歴代首長
戸長
歴代氏名就任年月日備考
初代石山専蔵1880年(明治13年)3月1日
2代秦一明1880年(明治13年)10月25日
臨時代理石山専蔵1884年(明治17年)
3代太尾長祥1884年(明治17年)11月22日
4代下宮良平1886年(明治19年)3月2日
5代三木勉1887年(明治20年)6月1日
6代常葉隆久1892年(明治25年)2月8日
7代増川兵蔵1893年(明治26年)6月13日
8代岩田秀雅1897年(明治30年)5月20日明治30年7月、漁村・島松村分村
9代橘莞爾1898年(明治31年)7月29日明治32年8月北海道区制、一・二級町村制
10代岩田外喜男1902年(明治35年)4月20日
11代福士武美1903年(明治36年)4月10日
12代中川種次郎1903年(明治37年)4月20日
13代深田猪七郎1903年(明治37年)6月1日
14代国谷清之助1911年(明治45年)5月27日
15代川村隆吾1913年(大正2年)12月24日
16代間山俊助1914年(大正3年)5月30日
村長
歴代氏名就任年月日備考
初代間山俊助1915年(大正4年)4月1日二級町村制施行
2代山田旦1916年(大正5年)6月30日
3代後藤彌次郎1918年(大正7年)12月10日
4代山田旦1923年(大正12年)1月31日
5代川合新三郎1925年(大正14年)3月24日
6代鹿目徳親1930年(昭和5年)1月23日
7代清水良作1932年(昭和7年)9月21日
8代畠山定吉1936年(昭和11年)1月30日
臨時代理1939年(昭和14年)4月1日一級町村制施行
職務管掌高橋綱三郎1939年(昭和14年)7月15日
9代岡本幸信1939年(昭和14年)10月14日
町長
歴代氏名就任年月日備考
初代岡本幸信1942年(昭和17年)5月1日町制施行
臨時代理舛田岩雄1946年(昭和21年)11月7日
臨時代理中川種次郎1946年(昭和21年)12月21日
2代山崎友吉1947年(昭和22年)4月15日地方自治法施行(昭和22年5月)公選
市長
歴代氏名就任年月日退任年月日
初代山崎友吉1958年(昭和33年)7月1日1959年(昭和34年)4月29日
2代米田忠雄1959年(昭和34年)4月30日1975年(昭和50年)3月22日
3代東峰元次1975年(昭和50年)4月27日1987年(昭和62年)4月26日
4代梅沢健三1987年(昭和62年)4月27日1991年(平成3年)4月26日
5代東川孝1991年(平成3年)4月27日2003年(平成15年)4月26日
6代山口幸太郎2003年(平成15年)4月27日2023年(令和5年)4月26日
7代横田隆一2023年(令和5年)4月27日現職(通算1期)

基地対策

千歳市は、自衛隊基地「地域における生活環境又はその周辺地域の開発に及ぼす影響の程度及び範囲その他の事情」を防衛大臣によって考慮された結果として防衛施設周辺の生活環境の整備等に関する法律第9条の「特定防衛施設関連市」に指定されており、例年は特定防衛施設周辺整備調整交付金を中央政府より受け取り、公共事業や教育経費など様々な用途に使用している。平成27年度の交付金事業(単年度)は全40事業で、交付金合計額は7億8,258万2千円となっている[42]。また、現在継続中の特定防衛施設周辺整備調整交付金基金事業数は、平成28年9月1日時点で4事業(千歳市民文化センター改修事業、消防車更新事業、防犯灯整備事業、夜間急病センター整備事業)が継続中で、合計事業費総額は13億4,362万4千円程である[43]

北海道防衛局事業(政府事業)として、航空機騒音に伴う住宅防音工事の助成[44]や航空機騒音に伴う移転措置事業[45]があり、飛行場の騒音は低下傾向にあると市は説明しているが、市民は窓を開けられないため、夏は高音の室温で生活しなければならず、防音助成は昭和57年3月告示後の新築住宅には適用されず、また助成基準はうるささ指数75WECPNL以上(公害対策基本法第9条による環環境基準は70以下)[46]の住宅しか対象にならず、また深夜早朝、土・日、祝日の飛行、午後10時から午前7時までの就寝時間帯でも無規制で飛行しているなど、未解決の騒音問題があることを市は認めている[47]。このような事情から、千歳市は、「国防に伴う諸障害は一部の国民のみが負担するものではなく、広く国民全体が負担すべきである」との考えのもと、騒音対策を中央政府に求めている[47]

在日米軍再編に当たり、2005年(平成17年)10月29日の「日米安全保障協議委員会」(2プラス2)合意により、在日米軍訓練は米軍航空施設から他の軍用施設へ分散拡大されることになり、同年10月31日に札幌防衛施設局は千歳飛行場を訓練分散候補地に指定した[48]。これ以降、千歳市は在日米軍訓練受け入れ自治体として在日米軍訓練対策を実施することになり、関連情報を市民に提供している[49]

終戦後の1945年10月から連合国軍最高司令官総司令部による部隊進駐、加えて1952年に創設された保安隊により、市内には一時数万人規模の基地関係者が居住するようになった。1950年頃からは、彼らを目当てにしたビアホールパンパンハウスなどで構成される歓楽街も基地外に広がり始め、1953年時点で九州方面からやってきた1300人の売春婦が営業活動を行っていた。売春行為から派生して麻薬法外為法がらみの問題が続出したため、日米合同委員会風紀部会は他の基地とともに協議会を設置して対策を検討することとなった。また千歳市もなお、特殊貸間業に関する特別措置条例(案)を検討するなど独自の対応を模索した。なお、市内の風紀の乱れは協議会などの活動に関係なく、1954年から始まった第一騎兵隊の撤退により急速に沈静化していった[50][51]

市民憲章・都市宣言

千歳市民憲章

都市宣言

  • 交通安全都市宣言(昭和37年3月12日)[52]
  • 清く明るく正しい選挙都市宣言(昭和41年12月22日)[52]
  • 青少年健全育成都市宣言(昭和43年3月27日)[52]
  • スポーツ都市宣言(昭和45年6月29日)[52]
  • 暴力追放・防犯都市宣言(昭和63年3月28日)[52]